ザ魚問答|日本人はいつから鮭を食べてるの?
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おはようございます。
鮭は、焼き鮭や塩鮭、鮭おにぎり、鮭寿司など、今の日本人にとって身近な魚です。
スーパーでは一年を通して見かけるため、「昔から日本人は鮭を食べていたの?」と疑問に思う人もいるかもしれません。
実は、鮭と日本人との関わりはとても古く、はるか昔の縄文時代までさかのぼることができます。
北海道の根室海峡沿岸では、約1万年前から鮭が重要な食料として利用されていたと考えられており、遺跡からは大量のサケ科魚類の骨が見つかっています。
では、鮭はどのように日本人の食卓に入り、現在のような身近な魚になったのでしょうか。
目次
1.鮭は縄文時代から食べられていた
日本人が鮭を食べ始めた時期を正確に決めることはできません。
しかし、考古学的な資料から、縄文時代にはすでに鮭が食料として利用されていたことが分かっています。
特に北海道や東北地方など、鮭が川を上ってくる地域では、鮭は非常に重要な食料でした。
根室海峡沿岸にある標津遺跡群では、縄文時代から長い期間にわたって人々が暮らしており、遺跡から多くのサケ科魚類の骨が出土しています。
なかには、出土した食料の遺物の大部分をサケ科魚類の骨が占める遺跡もあり、鮭が当時の暮らしを支える重要な存在だったことがうかがえます。
2.なぜ縄文人は鮭を食べたの?
鮭が古くから食べられてきた理由の一つは、毎年同じ時期に川へ戻ってくるという特徴です。
鮭は海で成長したあと、生まれた川へ向かって遡上します。
そのため、川の近くで暮らしていた人々にとって、鮭が現れる時期は予測しやすいものでした。
秋になると大量の鮭が川を上ってくる地域では、短い期間に多くの魚を手に入れることができます。
これは、狩猟や採集に頼っていた人々にとって、とても貴重な食料でした。
しかも鮭は身だけでなく、頭や皮なども利用できるため、無駄なく使える食材だったと考えられます。
3.鮭は保存食としても重要だった
鮭が古くから食べられていたもう一つの理由が、保存できることです。
魚はそのままでは傷みやすい食べ物ですが、塩を使ったり、乾燥させたりすることで長く保存できます。
農林水産省によると、水産物を乾燥させて保存性を高める技術は古く、縄文時代の遺跡からも魚を干したと考えられる痕跡が見つかっています。
鮭も、捕れた時期にすべて食べるのではなく、保存することで後の季節にも利用できたと考えられます。
現在の塩鮭や鮭とばなどにつながる、日本の鮭文化の背景には、こうした保存の知恵がありました。
4.鮭は奈良時代や平安時代にも食べられていた
時代が進んでも、鮭は日本人の食生活から消えることはありませんでした。
奈良時代から平安時代にかけては、各地の特産物が税や献上品として都へ運ばれていました。
鮭もその一つです。
9世紀にまとめられた『延喜式』には、信濃、越中、越後などから鮭が納められていたことが記されています。
また、日本海側の地域からは「生鮭」が都へ送られ、遠い地域からは鮭を開いて干したものが運ばれていました。
つまり、鮭は単なる地域の食料ではなく、古代の日本で価値のある食べ物として扱われていたのです。
5.昔の鮭は今よりも貴重な食べ物だった
現在では鮭は比較的手頃な魚ですが、昔からそうだったわけではありません。
冷蔵庫や冷凍庫がなかった時代には、魚を遠くまで運ぶこと自体が大変でした。
そのため、鮭を塩漬けや乾燥によって保存し、腐りにくい状態にして運ぶ必要がありました。
特に都のような内陸部では、鮭は簡単に手に入る魚ではありませんでした。
遠くの産地から運ばれてくる鮭は、貴重な食料だったと考えられます。
現代のように「いつでも買える魚」ではなく、季節や産地と深く結びついた特別な食材だったのです。
6.江戸時代になると鮭文化が広がっていく
江戸時代になると、鮭はさらに各地の食文化と結びついていきます。
新潟県の村上市は、現在でも鮭の町として知られています。
村上では、先史時代の住居跡から鮭の歯が見つかっており、少なくとも4000年以上前から鮭が食生活の一部だったとされています。
さらに10世紀には、越後の鮭が京都の朝廷へ献上された記録も残っています。
江戸時代には鮭漁が地域の重要な産業となり、鮭を使った保存食や料理も発達しました。
鮭を一尾丸ごと利用する文化が根づいた地域もあり、現在までその伝統が受け継がれています。
7.鮭は「捨てるところが少ない魚」だった
昔の日本では、食べ物を無駄にしないことがとても重要でした。
その点でも鮭は優れた食材でした。
身を焼いたり煮たりするだけでなく、塩漬けや干物にもできます。
頭や骨、皮なども料理に利用されてきました。
特に鮭を大量に入手できる地域では、一尾をできるだけ無駄なく利用する知恵が発達しました。
村上市などでは、鮭をさまざまな料理や加工品に利用する文化が現在も残っています。
「鮭を一尾丸ごと使う」という考え方は、昔の日本人が自然の恵みを大切にしていたことを示す食文化の一つと言えるでしょう。
8.鮭が全国の食卓に広がった理由
では、昔から鮭を食べていた地域だけでなく、なぜ現在では日本全国で鮭が食べられるのでしょうか。
大きな理由の一つが、保存や流通の技術が発達したことです。
昔は鮭が獲れる地域と食べられる地域がある程度限られていました。
しかし、塩漬け、乾燥、冷凍などの技術が発達すると、鮭を遠くまで運べるようになりました。
さらに鉄道や道路、冷蔵設備などの発達によって、鮭は全国の食卓へ届くようになりました。
現在では、北海道や東北などの鮭だけでなく、海外から輸入された鮭や、養殖されたサーモンも流通しています。
9.昔の日本人が食べていた鮭と今の鮭は同じ?
ここで注意したいのが、「昔の鮭」と「現在スーパーで売られている鮭」が必ずしも同じではないということです。
昔の日本では、川へ遡上してくる天然の鮭を捕ることが中心でした。
一方、現在の日本の市場では、国産の天然鮭だけでなく、海外から輸入された鮭や養殖されたサーモンなど、さまざまな種類の魚が「鮭」「サーモン」として流通しています。
そのため、現代の食卓に並ぶ鮭は、昔よりも種類が豊富です。
私たちが当たり前のように鮭を食べられる背景には、漁業だけでなく、養殖技術や冷凍技術、国際的な流通の発達もあります。
10.鮭は日本人の食文化そのものだった
こうして歴史を振り返ると、鮭は単なる魚ではなかったことが分かります。
縄文時代には重要な食料として利用され、古代には税や献上品として都へ運ばれ、江戸時代には地域の産業を支える存在になりました。
そして現代では、焼き鮭、鮭おにぎり、鮭茶漬け、寿司、弁当など、さまざまな料理で食べられています。
文化庁の日本遺産「鮭の聖地」の物語でも、根室海峡では一万年にわたって鮭と人々の暮らしが結びついてきたことが紹介されています。
鮭は、長い歴史の中で日本人の暮らしに寄り添ってきた魚なのです。
11.まとめ|日本人は縄文時代から鮭を食べていた
日本人が鮭を食べていた歴史は、少なくとも縄文時代までさかのぼります。
特に北海道や東北など、鮭が多く遡上する地域では、数千年前どころか約1万年前から鮭が重要な食料として利用されていたと考えられています。
その後、奈良時代や平安時代には鮭が税や献上品として都へ運ばれ、江戸時代には各地で鮭を利用した食文化や産業が発達しました。
そして現在では、鮭は日本人にとって最も身近な魚の一つになっています。
朝ごはんの焼き鮭、お弁当の鮭、おにぎりの具、寿司やサーモン料理など、私たちはさまざまな形で鮭を食べています。
つまり鮭は、「最近人気になった魚」ではありません。
日本人は、自然の中を泳ぐ鮭を見つけ、その恵みを食料として利用し、保存する知恵を生み出し、何千年もの時間をかけて鮭の食文化を育ててきたのです。
普段何気なく食べている一切れの鮭にも、実は日本人と自然との長い歴史が詰まっています。
ご興味のある方は、お問い合わせください。
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今日もいい一日になりますように。
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